2000年(平成12年)3月の卒業式当日、東京・国立市立第二小学校(S校長)では児童約30人が、教師7人が見守る中で校長に日の丸を降ろさせ、児童の許可なく国旗を掲揚したことについて、土下座をして謝れと求める信じられない事件が起こった。
小学生が束になって校長にそのような主張をするということは、日頃から子供にそう教え込んでいた教師がいると断定していい。 高校生程度ならいざ知らず、小学生が自ら、そのような価値観を学ぶはずがない。
文部省(現・文部科学省)と日教組の不毛な争いの原点は、教育権は誰が持つか、ということである。 教育権を親が持つということについて、全体主義の国家ならいざ知らず、自由主義の国家なら、異論はあるまい。
昔は親が子供を直接教育した。 世の中が進んできて、読み、書き、ソロバンが複雑化してくると、親だけで教えるのが困難になってきた。

外国ではいまでも子供の教育は親が雇った家庭教師にまかせているところがある。 日本の場合、学問のある武士に教育をまかせる風潮が起こってきて寺小屋教育が盛んになった。
当時でさえ、寺小屋が親の気風に合わなければ、親は寺小屋を取り換えたという。 文部省(現・文部科学省)が近代教育システムを確立してから130年になるが、日本の場合、それに先立つ寺小屋教育時代が2百年余も続いた。
日本は明治維新によって一気に先進国に追いついてくるわけだが、それが可能だったのは寺小屋時代を含めて日本人の”民度”がかなり高かったからだ。 私がそういうことを実感したのは1965年、通信社の特派員としてローマに赴任した時である。
イタリアは世界的な発明をした人物が多く、現在、ノーベル賞の数では日本9つ、イタリア14といった差がある。 イタリア人はそれを誇りにして何かというと自慢をするのだが、一方でTVでは「ノン・トロッポ・マイ・タルディ」(いまからでも遅くない)という番組をやっていた。
当時20パーセント近い文盲がいて、その人たちに文字を教える番組なのである。 村では公民館などで出席をとって老人たちに強制的に番組を視聴きせていた。
アルファベット26文字を覚えられない人たちがこんなにいるのには心底驚いた。 もう一つ驚いたのは、偏向教育の問題が存在しなかったということである。

当時のイタリアの政界分布はキリスト教民主党(保守)が3分の1、中道勢力3分の1、共産党3分の1であって、それぞれの政党を支持する組合が存在した。 当時、日本の総評は最大の組合で社会党を支持しており、自民党を支持する組合は存在しなかったが、イタリアではCGIL(総同盟)が共産党支持、他にキリスト教民主党を支持する大きな組合も存在した。
そうして左右が張り合っているせいか、教員組合は社会主義あるいは共産主義教育をやらなかった。 恐らくその理由は、親が教育権を持つという考え方が確立しており、親が気に入らない教育をすれば、即刻止めさせて、他の学校か私立に入れてしまう風潮が確立していたからだろう。
いずれにしろ教育界に政争がないというのは驚きだったし、うらやましかった。 文部省(現・文部科学省)と日教組の主張が根本的に違うのは、日教組が、親の子供に対する教育権を教師が直接親から信託されていると考えているのに対して、文部省(現・文部科学省)は、親が教育権を信託しているのは国であり、したがって国は親の信託を裏切らない程度の関与をする必要があると認識していることである。
日教組の主張に従えば、教師が直接、親から教育権を信託されたのだから、何を教えても教師の勝手、ということになる。 国の役割は学校の建物をつくるとか、教科書の誤字脱字を直すことにとどまるべきで、国は教育内容に立ち入るべきではないという。
要するに教師は偏向教育を仕放題、国は黙っていろということにほかならない。 かつて社会党のI委員長は日教組に徴をとばし、「社会主義教育を徹底きせて、わが党の底辺を限りなく広げてもらいたい」と述べた。
こういうことをやられてはかなわないから、自民党政府は、教育公務員に政治活動を禁ずる教育二法を成立させた。 教科書検定にかかわる家永裁判も争点は、教育内容に国は口をはさむなということである。
教科書検定制度や主任制度なども、教師の偏向教育をチェックするため、学校管理のために設けられたシステムだ。 1956年(昭和31年)に旭川市立永山中学校で実施された全国中学校一斉学力テストを教師側が実力で阻止して裁判が行われ、76年(昭和501年)、ついに最高裁の判決その内容は「国は国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として(中略)教育内容についてもこれを決定する権能を有する」というものである。
判決の要点を端的にいえば、教師が親の教育権を無視して勝手なことを教え込むことは許されない、ということである。 しかしこの判決が出るまで210年、日教組は委細構わず、偏向教育を続けてきたのである。
日教組の論理が最高裁によって否定されたのちも、まだ日教組は反省もしていないし、明確な路線転換を打ち出していない。 勤評反対闘争(1957年〜59年)、全国学力テスト反対闘争(57年〜58年)、主任制度反対闘争(75年〜)と、日教組は教育権に対する国の関与を排除するための闘争をくり返してきた。

こういう種類の裁判は判決が出るまでに20年もかかり、この間、組合は自らの論理を正しいものとして、教育現場で押し通し、教育方針に盛り込んできた。 後年、間違いだと裁判所で判決を受けても、一切の反省はなく、しかもその間に教育を受けた生徒はまったく浮かばれない仕組みになっているのである。
その最悪のケースが家永教科書裁判だ。 その間、法治国家とはいえない無法がまかり通ってきたのだ。
私は1973年(昭和48年)3月号の『B』誌に「N」を書いたが、組合からの反発が猛烈だった反面、一般の子を持つ親たちから多くの励ましの便りを貰った。 いま日本では教育改革国民会議が設けられ、教育基本法の改正が行われようとしている。
ここは教育改革の正念場であって、改革の基本は親の教育権を守るために教育委員会、校長の権限を強力なものにしておく必要がある。 私がジュネーブに赴任した当時、ある教師が校長にクビをいい渡され、身分保全の裁判が行われていた。
校長がその教師をクビにしたのは共産主義教育を行ったからだという。 最高裁の判決の主旨は「スイスの最高の価値は民主主義である。
その民主主義体制を破壊して共産主義体制にしようとする思想があっても仕方がないが、その人物は義務教育の教師にはふさわしくない」というものであった。 同じ考えから、スイスでは共産党は非合法とされ、彼らは労働党と名乗っているが、その組織は極めて小きい。
校長の権限は極めて大きなものである。 私は5歳と7歳の子供二人がジュネーブに到着した翌日、近所のB小学校に子供を連れて入学手続を聞くつもりで行ったのだった。

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